「寄席」という存在

明日5/1より、東京の定席(上野鈴本、新宿末廣、池袋、浅草)は閉めることを決定しました。このことは、皆さんも既にご存知でしょう。先の4ヶ所の定席だけではなく、国立演芸場、上野広小路亭などの永谷の演芸場、両国寄席、浅草東洋館、木馬亭、神田連雀亭などなど・・・ほぼどこも休業を決定しています。


都からの無観客開催要請に対し、当初は「大衆娯楽である寄席は社会生活の維持に必要なもの」と判断。客席を半分に減らし、興行を続けることを発表していました。


寄席、無観客応じない決断 「社会生活に必要なもの」 (4/24 朝日新聞)


「戦時中でも赤字でも」 緊急事態宣言下で寄席を開けるワケ (4/27 毎日新聞)


緊急事態宣言でも営業継続を決めた寄席の矜持…なぜ決断? (4/27 日刊ゲンダイ)


この決断は、都内定席それぞれ個別の決定ではなく、東京寄席組合や落語協会、落語芸術協会と協議し決定されたものだそうです。その決断に賛否あったものの、落語関係者の間では「励みになった」等概ね好意的な意見が多かったように思います。(それはまあ当たり前ですね)


しかし、そこから一転、要請を受け入れる判断となりました。


都内4寄席、5月1日から休業 都の無観客開催要請受け (4/28 毎日新聞)


都内の寄席、一転休席へ 「よくやった」と言われたが… (4/28 朝日新聞)


5月1日から休業 4寄席と落語協会、落語芸術協会が決断【コメント全文】 (4/28 スポーツ報知)


寄席の席亭へ取材した記事や、休業要請を受け入れた詳細などの記事も出ていますので、合わせてお読みください。


「社会生活に必要」緊急事態でも客を入れた寄席に行ってみた (4/27 毎日新聞)


宣言中も営業 浅草演芸ホールの社長が語った”ギリギリ“の決断を下した理由 (4/27 スポーツ報知)


東京都内の4寄席が5月1日からついに休業「お金が欲しいから休むんじゃない」協力金は拒否 (4/29 スポーツ報知)


上記の記事を読んでいただければ、今回の急な緊急事態宣言に東京の定席が振り回された顛末はおわかりいただけるのではないかと思います。


当会はとても小さな団体ですが、寄席の動向は心理的にも活動状態にも大きな影響があります。寄席の存在は、私のような落語会の開催を生業としている者にとっても、かけがえのないものです。今日はそのことについて、少し書きたいと思います。


ここでは何度も言っておりますが、鶴川落語会は昨年6月にNPO法人の認証をいただきました。以下の文は、その時に都に提出した設立趣旨書の一部抜粋です。


この絆の薄い現代社会において、家族や友人はもちろん、その場にたまたま居合わせた人たちと肩を並べ、笑い合ったり、温かな気持ちになったり、人情に涙したり、そういう感情を共有する体験は、人々の心を癒し、励まし、生きる活力を与えてくれるものになると確信しております。

 また、落語という日本独自の話芸を残していく保全活動は、地域の枠を超え、腰を据えて取り組むべき課題であり、急務と考えます。脈々と継承されてきた芸と時代のニーズに柔軟に対応することで生まれる芸、そうした芸を楽しむ観客の存在、そしてその芸を観客へ届ける存在、それぞれがバランスよく機能することが大切です。


脈々と継承されてきた芸。その舞台となってきた場が寄席です。

寄席という場は、お客様に落語(寄席演芸)を鑑賞していただき、楽しいひと時を提供するのが役割の一つです。上記の当会の設立趣旨書にもあるように、演芸を提供する場は、人との心のふれあいや生きる活力の場としての役割を担っています。寄席は、その場を毎日休みなく(年末や31日の余一など例外もありますが)提供しているのです。


そしてもう一つの役割としては、「芸人さん達の芸の鍛錬の場の提供」です。


寄席には、トリの師匠が出てくるまでに、本当にたくさんの芸人さんが入れ代わり立ち代わり出演します。落語だけでありません。漫才やマジック、紙切りや太神楽や江戸曲独楽などなど、本当に次から次です。お客様は、お目当ての芸人さんが出演することをチェックして来ている方もいれば、何となくふらっと来た方もいて、年代も性別も属性もバラバラです。毎日同じ雰囲気の客席ではないので、日々「今日のお客様はどんな感じだろうか」と空気を感じながら高座を務めていると聞きます。


寄席のお客さまは、出演する芸人さんからすると「自分だけのお客さまではない」のです。もちろん足を運んでくださっているので、大事なお客様なのですが、自分だけを見に来たわけじゃないお客さま、下手したら自分のことを全く知らない初見のお客さまかもしれません。そのお客さまを前に芸を披露して、楽しんでいただく時間を提供するわけです。毎回の高座が勝負であり、勉強です。


例えば、独演会を開催したとして、そこには自分の芸を見たくて来てくれたお客様だけ存在します。でも寄席はそうではありません。自分以外の贔屓かもしれないし、寄席が好きで来ている方かもしれない。寄席初体験、いや落語初体験のお客様かもしれない。そのお客様を満足させること。そこに「脇の仕事」(ホールでの会等、寄席以外の仕事のこと。鶴川落語会も落語家さんからしたら、脇の仕事です。)との違いがあります。


たくさんの芸人さんが出演する中で、自分の出番にどの噺をかけるか。持ち時間にも限りがありますし、前後の出演者の演目も気にしなくてはなりません。(例として、泥棒の噺を自分の出番より前の出演者がかけていたら、泥棒の噺はできません。)トリまでの流れを作っていく役目もあります。先に書いたようにその日のお客様の空気感もあります。その経験を日々積み重ねていく。それが寄席の重要な役割の一つです。


その寄席で鍛えた腕を披露していただく場が、鶴川落語会のような脇の仕事です。寄席の役割は、鶴川落語会がどんなに頑張ってもできません。出演する芸人さんからしたら、脇の仕事で手にするものと、寄席で手にするものは違うのです。寄席があってこその世界なのです。


そんな場で、都の要請の「無観客開催」なんてあり得ません。コロナの影響で、様々な会や演者さんがオンラインを利用して、落語や芸を披露するようになっていますが、それはこの状況で生まれた苦肉の策です。それが最善だと思ってやっている人はほぼいないと思います。演者さんにとって、高座がないことは芸人、落語家としての死に等しいのです。だから、仕方なくその方法を取っているに過ぎません。


じゃあ、寄席も苦肉の策でオンラインを始めればいいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この一年間、寄席がなぜオンラインを導入しなかったか、その答えが上記の「寄席でしかできない勝負、勉強」です。無観客では叶わないとわかっているからこそ、席亭の皆さんはその選択をしなかったのです。(オンラインを導入するにあたって、資金面の困難さももちろんあったと思いますが、それが一番の理由ではないと思います。)


そんな寄席が、閉まってしまいます。緊急事態宣言の延長も囁かれています。寄席への来場者数が、コロナ前より減っていることは確かだと思います。芸人さんにとっても、落語会を主催する立場のものにとっても大事な場所である寄席が存続の危機となれば、それは大問題なのです。落語という大衆芸能、伝統芸能の存続の危機に繋がります。


とは言っても、変異株の感染者数増加もあり、人命を守ることを優先せざるを得なかった苦渋の決断。この状況がただ過ぎ去るのを待てるかと言えば、難しいでしょう。寄席の席亭の方々の苦しみ、仕事の場を奪われた芸人さん達の苦しみ。このことをただ、耐え忍ぶことで乗り越えるなんて、一日2万の協力金でどうにかなんて、無理に決まっています。


どうか、寄席の存続のために、というか、文化芸術の存続保全のために、もう少し国や自治体に具体的な行動を取ってもらいたい。文化庁も頑張ってくれているけれど、今年度の支援事業は、個人で活動する人(演者さんのような)に支援が届きにくい内容になっています。


鶴川にお越しいただくお客さまや関係者の皆さんに、現状の正しい理解をお願いしたく、書きました。変だとか間違いがあるようでしたら、ご連絡ください。長くなりましたが、これでもざっくりとした説明だと思っています。


医療も逼迫しているとの報道もあり、何より今は感染しないことが大事だと思います。くれぐれも用心してお過ごしいただき、コロナの世が過ぎ去った時に、楽しい時間と空間を皆さんと共有できることを楽しみにしております。



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