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鶴川落語会 解説文

会場でお配りしているプログラム掲載の解説文です。

第十七回鶴川落語会  権太楼たっぷり!その二

 

権太楼さんが演目を出している理由(わけ)

 

 

 権太楼さんには、2013年5月11日(土)の第二回以来の登場をお願いした。前回は「寝床」と「居残り佐平次」の二席を口演いただいた。今回は「子別れ〜通し」ともう一席。これまで十六回会を重ねてきた鶴川落語会ではあるが、公演企画(第十二回の公演)に関係なく演目を事前に公表する“ネタ出し”をしているのは、権太楼さんだけである。

 

 当会は、鶴川の地に、ここポプリホールが竣工したことをきっかけに始まった落語会で、選りすぐりの本格落語を落語ファンはもとより、いろんな方々にご覧いただきたく始めたものである。特に、地元・近隣の落語ファンには、気軽に寄ってもらえること眼目としている。ある意味“鶴川の寄席”を目指している。

 企画ものは別にして、定席と呼ばれる寄席では、演目の事前発表はない。当会も、お客様にお越しいただいた際のサプライズとして、演目を決めることはしないつもりであった。しかしながら、権太楼さんからの申し入れで、ネタ出しをしている。

その心は?

 

 「半月板を痛めた(※2012年秋のこと)後のリハビリで、空手の道場に通ったの。そこで知り合った同年配の仲間が、寄席を見に来てくれた時に、『とても、面白かったけど、何をやっているわからなった』って言われたのね。だから、鶴川ではネタ出ししよう!落語に馴染みのない人にも、より素直に楽しんでもらいたいから」とのことだった。ちょうどそんな出来事の直後に、そんなことはつゆ知らず、当会は出演をお願いしたのだった。

 

 ネタ出しの落語会は、落語家の個人的な、あるいは仲間同士の勉強会の他は、ホール落語で行われている。ホール落語とは、大人数を収容できる劇場・ホールなどで、複数の落語家が事前に演目を発表し、月一回、あるいは年間に十回などと、定期的に開催されている落語会の事である。(最近は、大きな会場でやっていれば、何でもホール落語と呼ぶ傾向にあるが、ホール落語とはそういうものではない)

 

 鶴川落語会では、基本的にはネタ出しをしないことを基本に今後も進めていくであろう。しかし、いろんな企画にチャレンジし、時には全演目発表の

“ホール落語的”鶴川落語会にチャレンジするやもしれない。まだまだ発展途上の鶴川落語会、今後にご期待いただき、応援いただければ幸いである。

 

 まず今日のところは、権太楼さんの「子別れ」ともう一席、そして二ツ目として初登場のさん光さんの高座に、たっぷり浸っていただきたい。そして、その余韻で「鶴川で一杯」というのも良いのではないだろうか。もちろん、リアルな「子別れ」にならない程度にほどほどで・・・(笑)

第十六回鶴川落語会 白酒・一之輔毒吐き二人会Vol.4 〜夏の怖〜い噺〜

 

落語が紡いでいく未来

 

 

真打ちになって、白酒師は十年、一之輔師は三年。落語家としては、一番ぎらぎらして脂が乗りきっている時期である。

それを示すかのように、二人の高座数は飛び抜けて多い。

しかも、一般客を相手にしたものがとても多い、人気者の二人なのである。

それは、落語・演芸界唯一の月刊情報誌「東京かわら版」の毎月の出演者別掲載日索引を見れば明らかである。

高座数が多いということは、それだけ落語の実演機会が多い、ということであり、それだけ落語を磨く機会も多いということである。実演ほど最良の稽古は無いといっても過言ではないだろう。

 

しかしながら、アウトプットを繰り返していると、演者自身のパワーがどんどん枯渇していく。

マンネリにも陥りがちである。必然的にインプットもしていかなければならない。

落語家にとってのインプットとは、新しい演目を覚え、身につけ、自分のものにすること。

そして、落語以外のものを観聞き体験して、落語に生かしていくということも、とても大事なことなのである。

そうやって、自身の落語力の可能性を広げていくことが、落語界全体の発展につながっていくのだと思う。

 

そして、そんなお二人は、それぞれにお弟子さんを取った。

アウトプット機会がたくさんある上に、インプットもしていかねばならない。そして弟子の育成も!

実に落語家はたいへんなのである。しかし、後進を育てていくことも、落語が紡いでいく未来につながる。

 

落語ファンとしてはつなげてもらわなければ困るのである。お願いします、白酒さん、一之輔さん!

第十五回鶴川落語会 白酒・一之輔毒吐き二人会Vol.3 〜夏の暑〜い噺〜

 

スポーツと落語のアツ〜い類似性

 

 

白酒・一之輔の両師は、鶴川落語会に三度目の登場となる。

落語家の中でも、特に多忙なお二人。落語・演芸の情報誌「東京かわら版」の索引を見ても,その高座数の多さでは

文句なくツートップ。現在の落語界の牽引者であることは間違いない。

そして、この両師の落語はいろんな意味でアツい!その理由を考えてみるに、白酒師は甲子園を夢見て三年間、

野球に勤しんだ高校球児であり、一之輔師は高校でラグビー部に入部、短い期間だったらしいが、

花園を夢見たラガーマンだったからなのかもしれない。

 

落語はとかく、個人芸として完結しているように思われがちではあるが,登場する落語家の個性・持ち味を吟味しての

流れが大切になる。ネタ出し(演目の事前発表)のホール落語会では、プロデュース側が特に腐心するところでもあるが、

寄席などにおいては、落語家自身がその場で思案し、即興的に作って行く。これは野球・ラグビー等の、

チームスポーツにも共通することではないだろうか?

 

試合状況に応じて、投球内容を変化させる指示を出す捕手。その指示に応じる投手。それにより投げられたボールを

どう打つか瞬時に判断する打者。打たれた球を走者の状況に応じて、捕球しどこに投げるかを決める野手。

ラグビーもパス回しや、ボールを蹴り上げるか突進するか。スクラムやモールからボールを出すタイミング等々。

落語会に置き換えると前方が与太郎できたなら、こちらは花魁を。江戸っ子が来たなら、若旦那にパス。

泥棒がしくじったら、大家がフォロー、って具合だ。

 

本日、両師はどんなチームプレーを見せてくれるだろうか?

第十四回鶴川落語会 未来の大器 四派若手実力派 揃い踏み!

 

東京の四派、そして若手

 

 

東京の落語会は、四派に分かれている。都内にある四つの定席を活動拠点とする落語協会、その内の三カ所を拠点とする落語芸術協会。そして落語協会を離れた五代目円楽一門会と立川流である。協会と芸術協会、協会と円楽一門会、立川流。当時いろいろな確執や葛藤があり、分かれていった。一番新しい分裂である1983年の立川流の設立から32年。もはや歴史の域に達する出来事である。

 

四派それぞれに持ち味があり色合いがある。

 

協会からは朝也さん。一朝師の三番弟子。昨年のNHK新人落語大賞の受賞の他、様々な賞のファイナリストには必ず顔を出す。

 

芸協からは宮治さん。伸治師の総領弟子。二ツ目昇進早々でNHK新人演芸大賞落語部門大賞。毎回の奮闘口演で観客を楽しませる。

 

圓楽党からは萬橘さん。圓橘師の二番弟子。二ツ目時代に様々な賞を受賞して、現在真打ち。独特な空間を作っていく個性派である。

 

立川流からは志の春さん。志の輔師の三番弟子。アメリカの名門大学から商社を経て入門。経歴を生かした英語落語や著作も多い。

 

今日勢ぞろいの四人は個性あふれる今を生きる噺家達である、さてどんなコラボレーションを〜どんな化学反応を〜見せてくれるか!未来の大器達の今を楽しんでいただきたい。

第十三回鶴川落語会  小満ん・喜多八二人会

 

二人の柳家

 

 

今回は「柳家」のおふたりの登場である。

 

「柳家」はもちろん名字ではなく、家号(いえごう)である。家族を示す名字とは違い、芸のつながりを示す一門を表したものだ。 柳家は、現在の東京落語界に於いては、最大派閥であろう。最大派閥となったひとつの理由は、現在の柳家の“総帥”の五代目柳家小さんに大勢の弟子がいて、育てたことによる。

 

小満んさんは、元々は八代目桂文楽の弟子で、師匠の没後に小さん門下へ。元々五代目は四代目小さんの門下で、師の没後に八代目の門下となっていた。八代目が五代目にしたことを弟子に返したということだろうか。

 

喜多八さんは、五代目の弟子・小三治門下。五代目の孫弟子。アナウンサーを志したこともあり、バラードの帝王と落語界では呼ばれている。

 

先ほど家号は芸のつながりと記したが、それぞれの持ち味は違う。もちろん、小満んさんが八代目の弟子から落語人生を始めたという影響はあるには違いないが、それだけではない。個々の噺家がどう落語に向き合っているかがそこに表れるのではないのだろうか。 

 

ちなみに、五代目は「芸は人なり」という至言をのこしている。今日の二人の柳家、その違いをじっくり味わって欲しい。

 

 

第十二回鶴川落語会  志ん輔・武春 新春・落語と浪曲競演!

 

「夕立勘五郎」〜落語と浪曲と〜

 

 

浪曲と落語は必ずしも相性が良くなかった。

 

明治に入って発生・成立した浪曲は、笑いと人情の物語と話の展開を運ぶ音楽的な「節」廻しが多くの人に指示され、落語・講談などの定席であった寄席を席巻し、対立関係になった時代もあるという。

 

大正になり、ラジオ放送の始まりと共に全国で大人気となり、同時に演者も増えた。その数は3000人を超えたらしい。

 

そして第二次大戦後、ラジオが多チャンネル化し、広沢虎造などの人気と共に大ブームとなり、三波春夫、村田英雄、二葉百合子などの名歌謡歌手も生まれるほどであった。

 

そんな浪曲人気を捉えて作られたのが、五代目古今亭志ん生作の「夕立勘五郎」。浪曲人気にあやかって作ったものであり、噺からは浪曲の威勢が伝わってくる。この演目、故・立川談志家元も口演していた。現在のやり手は志ん生の孫弟子で、今や落語界のリーダーのひとりである志ん輔さんぐらい。

 

近年、浪曲界は、演者自体が少なくなり著しく衰退していた。入門者の空白期を破ったのが武春さんである。浪曲界の救世主である。

 

今回は、そういう両界リーダーのお二人の初顔合わせの競演である。どんなコラボになるか?乞うご期待!